2010年01月20日

訪問看護支援事業、「行政の意識が重要」―厚労省検討会が初会合(医療介護CBニュース)

 厚生労働省は1月18日、「訪問看護支援事業に係る検討会」(座長=川村佐和子・聖隷クリストファー大教授)の初会合を開いた。同検討会は今年度から始まった訪問看護支援事業の推進を図ることが目的で、初会合では事務局が訪問看護の現状や同事業の概要について説明したほか、委員からヒアリングを行った。意見交換では委員から、同事業を推進するためには行政の意識が重要との意見が相次いだ。

【複数の写真・表が入った記事】


 同事業は訪問看護サービスの安定的な供給を維持し、在宅療養環境の充実を図ることが目的。事業主体は都道府県などで、「訪問看護推進協議会」を設置した上で、地域の実情に応じて、▽請求業務等支援事業▽コールセンター支援事業▽医療材料等供給支援事業―などを実施する。事業は全額国庫負担で、初年度となる今年度は、11の道県が事業を実施している=表=。

 初会合では、事務局が訪問看護の現状などを説明。看護職員が5人未満の小規模な事業所が半数以上を占めていることや、利用者宅への訪問滞在時間以外に、準備や移動時間、ケアカンファレンスなどの周辺業務に多くの時間を費やしていることなどを示した。

 ヒアリングでは、上野桂子委員(聖隷福祉事業団理事)が訪問看護事業所の機能集約や基盤強化促進に関する全国訪問看護事業協会のモデル事業などについて説明。同一法人内の事業所を統合し、大規模化を図ることにより、▽新規利用者の多様化▽経営の効率化▽夜勤携帯当番回数の減少―などの効果があったと指摘した。また、地域の複数の事業所をネットワーク化し、報酬請求業務などの事務処理をセンターが一括して行うことで、訪問看護師が訪問看護業務に専念できる効果があったとしたほか、夜間・休日の訪問を分担するなどの連携により、新規利用者が増加した事例を示した。

 その後の意見交換では、訪問看護支援事業を推進するためには、行政の理解が不可欠との意見が相次いだ。野中博委員(博腎会野中医院院長)は、「介護保険の訪問看護を、行政が中心となって進める意味があるのかどうかということの理解が大事。訪問看護がなぜ大事なのかということが理解されていない」と述べた。
 また、同事業の実施主体である都道府県側からは、吉田一生委員(三重県健康福祉部長寿社会室長)が「訪問看護の供給を増やすためには、行政の意識を変えないといけない」と指摘。その上で、「(介護保険の)保険者である市町村に、『その地域で、在宅療養支援診療所を含めて訪問看護がこれだけ欲しい』というビジョンが全くない」と述べ、在宅医療と訪問看護の供給目標を設定すべきと主張した。
 このほか、木村隆次委員(日本介護支援専門員協会会長)は、行政を動かすためには、都道府県の看護協会や訪問看護の組織などの当事者がアクションを起こす必要があるなどと強調した。

■在宅ケア、「喫緊の課題」―宮島老健局長
 初会合の冒頭、厚労省の宮島俊彦老健局長があいさつし、「これからは地方よりも、都市部での高齢化が急速に進むが、都市部では土地の値段の問題もあって、なかなか施設ができない」と指摘。その上で、「在宅ケアの領域をどうやって伸ばすかが喫緊の課題になりつつある」と述べた。


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2010年01月19日

社民・国民新、移設先探しに奔走…自治体は反発(読売新聞)

 社民、国民新両党が沖縄県の米軍普天間飛行場の移設先探しに奔走している。

 だが、反発する自治体は多く、調整は難航している。

 国民新党の下地幹郎政調会長は14日、山口県岩国市を訪ね、福田良彦市長と会談した。下地氏は、在日米軍再編の中で、同市内の米軍岩国基地の役割を見直す考えを示したが、市長は「普天間の移転候補地として岩国は到底受け入れられない。市民の混乱、動揺が大きくなる」と反対した。

 下地氏はその後、長崎県大村市も訪ね、松本崇市長に、同市内の海上自衛隊大村航空基地で普天間飛行場の訓練の一部を受け入れるよう要請したが、市長は「政府から正式に提案があった段階で検討する」と述べるにとどめた。大村市に対しては、12日に社民党の照屋寛徳衆院議員も同様の提案を市長に行ったが、市長は「絶対反対」と突っぱねた。

 下地氏は14日、記者団に「基地(受け入れ)は誰でも反対するが、安全保障は分かち合う必要がある。(受け入れは)『ダメだ』と言えば、(沖縄に)一極集中する」と語り、沖縄県以外の自治体に柔軟な対応を求める考えを強調した。

 一方、大阪府の橋下徹知事は14日、地元の関西国際空港を活用する案について、「沖縄の負担軽減につながる話であれば、テーブルにつきたい」と記者団に述べ、政府との協議に応じる考えを示した。「国外移設」も検討している社民党は、今月下旬に米グアムの米軍基地を視察する方針だ。

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2010年01月18日

「河野太郎総裁」なら離党しなかったかも(産経新聞)

【篠田陽介が語る】

 昨年の衆院選で落選した篠田陽介前衆院議員(36)は、選挙後に自民党を離党した「第1号」だった。平成17年の郵政選挙では公募による「落下傘候補」ながら初当選した、いわゆる「83組」の1人、そして現在は「フリーター」となって政治家復帰を図る日々を送る。新たな生活を始めたばかりの篠田氏に、離党を決断した経緯や自民党への不満などを語ってもらった。衆院選直前に当時の細田博之幹事長に辞任を迫った内幕も…。

 −−政治活動はしているのか

 「昨年11月に自民党を離党しましたので、自民党時代に使っていた掲示板や立て看板をおわびかたがた外す作業に追われています。まずは身辺整理といいますか、落選したので徹底的に身軽にして、それから次なる活動につなげていこうという感じだ。また、街頭演説を週3回ぐらいやっています」

 −−活動拠点となる事務所は

 「今、事務所自体はありません。自宅が連絡先兼事務所みたいになっています。前に借りていた事務所の事務机だとかいろんなものはレンタルスペースを借りて押し込んであります。今年から新しいところをまた借りようと思っていますが」

 −−秘書は

 「雇っていた秘書は全員解雇せざるを得ない状況になりました。できれば1人ぐらい残したかったのですが…。どれだけこれから経費がかかるのか、お金がかかるのかわからない中、まず全員解雇せざるを得ないという状況になりました」

 −−青果仲卸業者でアルバイトをすることにした理由は

 「会社の顧問などいろんな申し出があったんですが、極力お断りをしています。それであれば、献金をお願いしますと。私は政治活動をするためには、きちんと献金や浄財のお願いをします。それとは別に自分で生活する生活費は、とりあえず自分で労働をして、その対価としていただきたいと思っているものですから、この仕事を選びました」

 「大学時代に名古屋にいまして、1カ月弱ですが、アルバイトをした経緯もあります。議員になる前も、なってからも、ずっとこの市場関係者には親しくさせていただいたものですから。わたしにとってはなじみの場所だという理由もあります。肉体労働はやっぱり結構すがすがしいんですよね。終わったときの爽快(そうかい)感だったり、達成感だったりというのは、なかなか政治活動をやっているとないんですよ」

 「政治活動についていえば、何年かずっとあいさつ回りをしたり、後援会を作ったりする結果が、選挙でしか出てこないわけです。そういうのは非常に日々悶々(もんもん)とすることが多い。こういう労働というのは非常にすっきりするような感じで、気持ちいいですね」

 −−周囲から反対はなかったのか

 「反対というのはないです。ただ『政治活動と両立できるのか』と心配していただく声はありました。朝5時と早いですから。午後からの政治活動に支障が出るのではないかという心配です。政治の世界には、夜のつきあいも当然ありますから」

 −−離党する引き金になったの

 「選挙が終わって、それから総裁選があって、新しい執行部になって、その体制なり姿勢を見て…。それが引き金ですね。本当に(自民党を)変えるつもりがあるのか、改革マインドを非常に疑ってしまった」

 「今、国会議員になられている方々は、この逆風でも当選されてきた。相当知名度があったり、地元の後援会がしっかりしていたりして、そんなに危機感を持っていないと思うんですよ。だってあの逆風ですら受かってこられるだけの力をお持ちですから。だから果たして本当に、その人たちに危機感があるかといったら、私は疑問符を持っています」

 「大きいものや古くなったものを直していく作業ではなくて、国民の今の時代のニーズにあった新しいものを作っていくことが、私がやるべき仕事だと思った。離党することは非常に勇気のいることです。さまざまな方からご批判やご不満の声をいただく話ですから。それでもやっぱり、新しいものを作る作業をやりたいと思った」

 「私は小さな政府や公務員制度改革を徹底的にやるとか、地方分権をやって、この国の仕組みを変えたかった。それをやりたくて、公募で衆院選に挑戦した。ただ、郵政造反組を戻した復党問題、あのときからだんだん自民党はおかしくなってきたな、とは悩んできたんです」

 「私は、総裁選で河野さん(太郎衆院議員)を一生懸命応援していました。一党員レベルではありますけど、地元では『河野さんをお願いします』ということで知り合いの党員にはお願いをして回っていました。河野さんになっていれば、河野さんが選ばれるような自民党であれば、離党していなかったかもしれません」

 −−離党して地元議員の反応は

 「それは厳しいですよ。いちばん厳しいご意見は『お前は公募で選ばれてここに来たんだから。ここから出ていってくれ』といわれた。しかし、中には『君の気持ちもよく分かる』という意見もあった。他には本音で『実は私も出ていきたいんだ』ということをおっしゃる方もいます。街頭演説をしていても、決断を下したことに対してのエールはいただいています」

 −−自民党の武部勤元幹事長の秘書をしていたが、離党するときに相談は

 「それが一番つらかったです。武部勤の秘書として10年近く仕えてきたわけですから。公募で選ばれて今の自分があるということもよく分かっていますから。やっぱり武部勤に理解を求めていく、ご理解をいただく作業が一番つらかったし、一番嫌だった」

 「昨年11月17日に離党届を出す直前に、自民党本部の党改革実行本部長室で武部勤と会いました。『もう君が決めたことなんだから、それはしようがない』『ぼくはこれだけ大きくなりましたとおれの前に顔を出せ』ということを言っていただいて、送っていただいた」

 「内心はやっぱり、武部勤自身は自民党ですから、そこを離れるということはたもとを分かつということですから、そのことに対しては素直に『そうか、頑張れ』というふうにはいかないでしょうね。それはいずれ私の考え、思いが分かっていただけるときがくると思っているし、思っていただけるように私も努力しなければならない。そういった政治を目指していかなくてはならないと思っています」

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